この記事では、シチューにまつわる「科学」をご紹介します。「科学」と聞くとちょっとむずかしそうだと感じる方もいるかもしれませんが、実はふだんの料理で起きていることは科学できちんと説明できることがほとんどです。「煮込むってなに?」「なんで具材は柔らかくなるの?」など、意外と知らない仕組みを知ることでシチューを作るのがもっと楽しくなるかも。奥深くて面白いシチューの世界をいっしょにのぞいてみませんか。
シチューやカレー、煮物など日々の料理で欠かせない「煮込む」という調理法。この調理法は、水やだし汁などの液体の中で食材を加熱して行います。また、熱する温度や煮込む食材によって、うまみや食材の柔らかさなどが変わります。
水の温度は沸騰状態でも100℃以上には上がりません。そのため、煮ることによって、90〜100℃で加熱し続けることになります。このようにして、長時間の加熱が可能になるのです。
鍋で煮込んでいる時、中で加熱されている液体は「対流」をくり返します。「対流」とは、温められた気体や液体が移動して、熱を伝えることです。
すこしわかりづらいと思うので、「お風呂」を例に考えてみましょう。「沸かしている途中のお風呂に入ったら、上の方だけ熱かった」という経験はないでしょうか。それは、温められたお湯が上部へ移動し、冷たい水が下降しているからです。
科学的に言うと、流体(液体や気体)は一部の温度が上昇することで、密度が小さくなります。密度が小さくなると、流体内で上昇するため、周囲の流体がそこに流れ込みます。これによって、循環することで「対流」が起こるのです。さきほどの沸かしている途中のお風呂も、最初は上の方だけ熱い状態ですが、時間の経過とともに全体が均一に温められていきます。
「煮込む」という調理法でも、このような対流が起きているので、鍋の中の温度がほぼ均一になります。ただし、強火では鍋の中の対流が激しく、弱火では穏やかです。このような火加減による対流の速度の差が、食品の変化に影響を与えることもあります。
煮込むことによって、具材の肉や野菜にはどのような変化が起きるのでしょうか。
ここでカギとなるのは、「水の浸透性」です。水は、食材の中にしみ込みやすく、加えて食材の成分をしみ出させやすいという性質があります。食材の中に水が入り込むことで、内部まで均一に加熱しやすくなるのです。また、いったん溶け出した食材の成分などを再び内部に戻す「移行」もしやすくなります。
実際の食材ごとにどんな変化があるのか紹介していきます。
肉や魚介類を煮込む場合、「たんぱく質」が変化のポイントになります。そもそも、たんぱく質は加熱すると性質が変わります。これは、たんぱく質の「熱変性」と呼ばれるもので、温度を変化させることにより、たんぱく質が規則正しい構造を維持できなくなり変性するのです。たんぱく質の「熱変性」がわかる身近なものとして、卵をゆでると白身や黄身が固まる、などが挙げられます。
また、加熱によってたんぱく質は「分解」され、ペプチドやアミノ酸などの小さな分子に変わります。そして、これらがさまざまな化学反応に関与する物質となり、シチューのうまみなどにつながるのです。
肉のたんぱく質は、主に以下の3種類です。
筋原繊維たんぱく質……網状に広がった繊維の部分で、加熱すると65℃くらいから収縮しはじめ70℃以上になるとかたくなり、80℃付近で収縮は止まります。
肉基質たんぱく質……繊維同士をつないでいる組織で、加熱の影響を受けるのは主にこの中のコラーゲンです。通常、コラーゲンは鎖状につながっていますが、煮込み続けると、切れてゼラチン質になります。そのため筋原繊維たんぱく質がかたくなっても、このゼラチン質が肉全体の食感を柔らかくするのです。
筋形質たんぱく質……酵素などのたんぱく質で、加熱されると変性して浮いてきます。これが、肉の「あく」と呼ばれるものの一部になります。
肉を煮込むことによって、それぞれのたんぱく質が変性するので、「うまみが出る」「風味がよくなる」「柔らかくなる」「あくが出る」、などの変化が起きるのです。
肉の脂肪は、結合組織の中で「脂肪球」という、薄い膜に包まれている小さな粒のような形状で存在しています。加熱されると、まず結合組織の膜が破れます。その後、加熱が進み、脂肪の融点に達すると組織の外に流れ出ます。弱火の場合は、脂肪球のままですが、強火で対流が激しくなると、さらに細かくなります。
魚介類のたんぱく質は、大部分が「筋原繊維たんぱく質」であるため、加熱すると固くなります。ただ魚介類の中には、たこやあわびなど長時間加熱すると再び柔らかくなるものもあります。これは長時間の加熱と食品に含まれる酸のはたらきによって、筋原繊維たんぱく質が部分的に切れてくるからです。
野菜の細胞壁は「セルロース」という繊維質と「ペクチン」によって塗り固められています。
セルロースはかたく、加熱しても分解しません。しかし、物理的に壊されると(対流の激しい強火のほうがより壊されやすい)、ペクチンが分解されて細胞壁から溶け出すのです。これにより、野菜を煮込むと柔らかくなるのです。また、いっしょに煮込んでいる肉汁などのたんぱく質が細胞の中にしみ込みます。
シチューやカレーを「一晩寝かせる」ことで具材に味がしみ込むというメリットもありますが、実は食中毒の危険性があるので注意が必要です。食中毒の原因となるのは、「ウェルシュ菌」という細菌。ウェルシュ菌は自然界に幅広く生息している細菌で、酸素を嫌う性質があります。そのため、シチューやカレーの鍋底のような酸素が少ない環境で増殖します。
また、ウェルシュ菌は硬い殻を持った「芽胞(がほう)」を作ります。この芽胞は通常の状態の菌とは違い高温に強く、100℃で数時間加熱しても死なないため、鍋の中で長時間煮込まれても生き残ってしまうのです。とはいえ、この「芽胞」のままであれば人体に被害を起こすことはなく、増殖もしません。
しかし、いったん加熱した後、ウェルシュ菌が好む温度帯(20~50℃程度)まで鍋の中の温度が下がると、「発芽」して菌が急速に増殖を始めるのです。これが「一晩寝かせた」もので食中毒が起こる元凶です。他にも、通常の調理の加熱では死滅しない菌としてセレウス菌、ボツリヌス菌などもあるため、「加熱したから大丈夫」と過信しないようにしてください。
シチューに限らず、食中毒予防のためには「料理ができたらすぐ食べる」が原則です。ただ、食べきれず、翌日以降に食べる方も多いかもしれません。そんな時は、以下の3点を心がけてください。
室温で長時間放置せず、できるだけすばやくあら熱を取ってください。たとえ真冬でも、暖房などで部屋の温度が下がりきらないこともあるので、室温での長時間保存は禁物です。
1回で食べきれる分ずつ、底の浅い容器に小分けにしてあら熱を取り、冷蔵庫または冷凍庫で保存してください(翌日食べるのであれば冷蔵でもOKです)。
必ず食べる直前に鍋に移してかき混ぜながら、しっかり中心部まで再加熱してください。あらかじめ鍋に牛乳などを温めておいて、そこで溶かすように加熱すると焦がさず上手に温められます。
食中毒は、シチューだけでなくすべての料理でリスクがあります。予防を徹底して、おいしく健康的なシチューのじかんを楽しんでくださいね。
「シチューのじかん」編集部
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