カレーの日本史 昭和戦後

この時代の最大のエポックは固形ルウカレーの誕生です。簡単、便利なルウカレーは、高度成長とともに食卓に浸透。楽しい家庭の友として、確固たる地位を築き上げていきます。さらにカレーは学校給食にまで進出。カレーが国民食として発展を遂げていく黄金の時代です。

1945年(昭和20年)

当時のできごと 第二次世界大戦終戦

1949年(昭和24年)

「ハウスカレー」の製造再開

戦後の混乱が一段落した1949年、それまでの「株式会社浦上糧食工業所」から「株式会社ハウスカレー浦上商店」に社名変更し、8年ぶりに「ハウスカレー」を「即席カレー」と名称を変え、製造を再開しました。1952年には「即席ハウスカレー」に名称変更して販売しました。

1950年(昭和25年)

当時のできごと 朝鮮動乱勃発

日本初の固形カレールウ登場

このころまでに、カレーメーカー各社(エスビー、ベル、キンケイ、テーオー、オリエンタル、蜂、メタル、ハウスなど)の製品が出そろいました。

1951年(昭和26年)

当時のできごと ラジオの民放開局。それにともない、ラジオCM登場

1952年(昭和27年)

公正取引委員会がカレー特売禁止の措置

カレーメーカーのシェア争いが激化し、温泉招待、金券サービスなどの特売合戦が激しくなったため、禁止措置がとられました。

1953年(昭和28年)

当時のできごと NHK、民放(NTV)のテレビ本放送開始

このころ「ハウス食品」では、ハウスカレーの歌やヒットソングを流しながら宣伝する宣伝車が、全国各地の小売店を訪問し製品を納品したり、店頭に集まった主婦や子供達に宣伝チラシ、紙製の風船などを配ったりして喜ばれました。

1955年(昭和30年)

当時のできごと 敗戦からの経済の立ち直りが進み、好景気。その後高度成長の幕開け

1956年(昭和31年)

登山ブームとともに即席カレーが人気に

このころ、マナスル登頂をきっかけに登山ブームが起こり、携帯食に即席カレーが人気に。

1960年(昭和35年)

「株式会社ハウスカレー浦上商店」から「ハウス食品工業株式会社」に社名変更し、初の固形ルウタイプ商品「印度カレー」を発売

当時のできごと 安保闘争

1961年(昭和36年)

全日本カレー工業協同組合設立

このころから、経済の高度成長が本格化します。

1963年(昭和38年)

ハウス食品、「バーモントカレー」(ルウカレー)を発売

マイルドな辛さで子どもいっしょに食べられるカレー「バーモントカレー」(ルウカレー)を発売。

このころからラジオからテレビの時代へ。テレビの普及とともに大量のCM投下で急速に製品の知名度が上がりました。

1964年(昭和39年)

当時のできごと 東海道新幹線開通、東京オリンピック開催

1968年(昭和43年)

ハウス食品、「ジャワカレー」(ルウカレー)を発売

日本初のレトルトカレー登場

当時のできごと このころベトナム戦争激化、国内では全国の大学で闘争激化。公害紛争激化

1970年(昭和45年)

当時のできごと 大阪万博

1971年(昭和46年)

ハウス食品、初のレトルトカレー「ククレカレー」を発売

1973年(昭和48年)

当時のできごと オイルショック

1975年(昭和50年)

ハウス食品、高価格の肉別専用ルウカレー「デリッシュカレー」を発売

1980年(昭和55年)

ハウス食品、家のマークのロゴからhの文字をデザインしたロゴマークに変更

1982年(昭和57年)

カレーライスが学校給食に登場、1月22日が「カレーの日」に制定される

社団法人全国学校栄養士協議会が、学校給食週間の前に、子どもたちに好まれていたカレーを全国の学校給食メニューとして提供を呼びかけたことにちなんで、1月22日が「カレーの日」に制定されました。

1983年(昭和58年)

ハウス食品、「ザ・カリー」(ルウカレー)、「カレーマルシェ」(レトルトカレー)を発売

上質なおいしさを求めるニーズに応えるルウカレー「ザ・カリー」、レトルト欧風ビーフカレー「カレーマルシェ」を発売。

1986年(昭和61年)

当時のできごと 地価高騰などのバブル景気がはじまる

※掲載情報は2020年11月時点のものです。

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